「熱中症で搬送された人もいた。自分もなんとか倒れないようにしています」 東京都内の路上で暮らす男性は、そう語る。 以前は「路上で暮らすと冬は凍死の危険性があるが、夏はなんとかなる」と言われてきた。 しかし、気象庁が「災害級の暑さ」とまで表現するようになった地球温暖化の猛威は、困窮して路上にいる人々の生命を脅かし、夏場の支援活動にも影響を及ぼすようになった。 BuzzFeed Newsは、路上生活をする人々と、支援者の医師に話を聞いた。 政府は毎夏、「命を守る行動」として、こまめな水分補給やクーラーを使い熱中症対策をするよう呼びかけている。 しかし、クーラーや扇風機もない路上で暮らす人々は、さらに過酷な状況に置かれている。

「一番きついのは夏」昼も夜も過酷な路上の暑さ

「冬も雪が降る時もあるし寒いですけど、冬は着込んだり寝袋に入ったりしてどうにかできる。でも、夏はどうしようもない。夏の方がきついですね。特に路上生活者は、高齢者が多いですからね」 「昼間は、クーラーがかかっている図書館や駅とか、涼しいところを探して時間を過ごしたりする。夜は風があれば涼しいけど、熱帯夜は暑くて寝られない人もいます」 高齢者は体温調節機能が低下するため熱中症になりやすいとされており、重症化すると死に至ることもあるため、十分な注意が必要だ。 近年、「地球温暖化」や「気温上昇」などもニュースでよく聞く言葉となったが、男性も路上生活を始めた10年前と現在を比べると、気温の違いを肌で感じているという。 「やっぱり、ここ数年は気温が上がってきていると感じます。10年前に自分が(路上に)きたときは、なんとか夜も寝られました。けど、特に今年や去年は熱帯夜で暑くて寝られない。でも、自分たちにはどうすることもできない」 「皆さん気温が上がっていくことに対しては不安はあると思うけど、私たちも不安です。気温が1度でも2度でも上がると、やっぱり本当に暑くなりますから」

熱中症で搬送される路上生活者も。迫る命の危険

「支援団体が食料を配る『炊き出し』によくごはんをもらいに行きますが、今年は炊き出しの列に並んでいる時に倒れて、搬送されていった人をみました。夏は熱中症が多かったです」 消防庁によると、2022年5〜9月の熱中症での緊急搬送者数は全国で7万1千人を超えた。 消防庁はBuzzFeedの取材に、熱中症による緊急搬送者数の中で、路上生活者が何人いたかという統計は取っていないとした。 男性自身も身の危険を感じるほどの暑さで、どうにか夏を乗り切った。 日雇いの仕事をしようと職を探したが、体調を崩してしまい、段ボール収集の仕事を始めたのは秋に入ってからだった。 「日中は日なたにいると熱中症になるので、できるだけ日陰にいて、図書館などに行き、水分補給はするようにしています。炊き出しでごはんをもらって、栄養を取るようにもしています。それくらいしかできることがないんですけどね」 「暑い時は寝られない。だから、ただ横になっているだけ。日中は、太陽の下にいると暑くて体力を奪われちゃうので、とにかく横になって、少しでも体を休めています」 どうにか生活を立て直し、路上の生活から抜けだそうと考えるが、現実は厳しいという。来年以降の夏を考え、「どれぐらいまで暑くなるんだろうと不安になる」とこぼした。

「気候変動、路上にいる方々の命奪う威力に」医師

都内では複数の路上生活者の支援団体があり、それぞれが隅田川沿い、上野公園、池袋駅周辺などを拠点に支援物資を配布したり、困りごとの相談にのったりしている。 墨田区や台東区を中心に、路上生活者に食料の配布や医療相談を実施している一般社団法人の「あじいる」も、熱中症が出ないようにと、支援を行ってきた。 あじいるの代表で医師の今川篤子さんは、医療的な観点からみても、真夏の路上の暑さは危機的な状態になってきていると話す。 「気候変動の影響は路上にいる方々の命を奪うほどの威力になってきていると、特に去年、今年は感じています」 「熱中症対策は、命を救う行動として、支援団体にとって喫緊の課題であるというように思っています」 その頃は、現在のような熱中症対策は取られておらず、支援者も課題として捉えていなかったという。 「年末年始は厳しい寒さに加え、役所が休みのため生活保護申請が出来ない期間でもあります。『寒さや飢えで一人の死者も出さない』という『越冬活動』が寿町や山谷で行われていました」 現在でも越冬は課題であるように、当時も「冬の寒さをいかに乗り切るかという問題意識があった」というが、夏の暑さについては当事者や支援団体が直面する喫緊の課題ではなかったのだ。 日本社会全体としても、20年前や10年前と比べ、近年は熱中症患者や死者も急増している。 厚労省の統計によると、熱中症による死者は1993年以前は年平均67人だが、1994年以降は年平均663人に急増。近年は、死者が1000人を超える年が相次いでいる。 現在は、あじいるでも夜回りなどで、顆粒状のスポーツドリンクや冷やしたペットボトル入り飲料、塩飴を配るなどの対策をしているが、同時に「無力感も感じている」と語る。 気温が上がる前の朝6時半ごろでも、熱帯夜で寝られず、朝から汗をぐっしょりかき、ぐったりとした熱中症のような様子の路上生活者を何人も見かけたという。 熱中症で死者を出さないためにも、行政ができる対策としては、「命を救うために、冷房が効いている公共施設などを夜間にも開放してほしい」と話した。 温室効果ガスの排出量は増えており、気候変動の影響は日本でも現れている。 気象庁の発表によると、日本の夏(6〜8月)の平均気温は、様々な変動を繰り返しながら上がっており、100年あたり1.19℃の割合で上昇している。 21世紀末の気候は、産業革命前と比べて2℃上昇すれば、日本では最高気温が35度を超える「猛暑日」が約2.8日増え、深夜でも25度以上の気温が続く「熱帯夜」は、約9.0日増える。 しかしこれは、パリ協定が掲げる2℃未満に抑えるという目標が達成された場合にすぎない。 米国は、環境問題を軽視したトランプ前政権の方針でパリ協定から一時、離脱するなど様々な問題があり、達成は楽観視できない。 現時点を超える追加的な緩和策を取らなかった場合の「4℃上昇シナリオ」では、猛暑日は約19.1日増え、熱帯夜は約40.6日増えることになる。 気象庁は、4℃上昇シナリオの場合、東京都内で猛暑日は31日ほど増え、熱帯夜は58日程度増加すると予測している。猛暑日が1カ月、熱帯夜は2カ月分増える、ということだ。 気候変動では、気温上昇のほかに、豪雨災害の増加や強靱化なども予測されている。 台風や豪雨災害が起きたときにも、身を守る家がなかったり、避難所にも行きにくい状況があったりする路上生活者への影響が懸念される。 アメリカ・アリゾナ州のマリコパ群公共衛生局の報告によると、2020年は172人、2021年は130人の路上生活者が熱中症で死亡した。 報告書によると2021年で最も最高気温が高かった日は華氏118°F(摂氏48℃)まで上がり、この日は路上生活者以外も含め全員で7人が熱中症により死亡した。 2021年の熱中症死者のうち、38%が路上生活者だった。 支援団体は、健康状態の見回りや医療支援、救援物資の配布などの対策をしているが、シェルターに入りきれない人たちなどの熱中症対策は困難を極めている。

「路上にきて初めて思い知らされた」気候変動の猛暑

コロナ禍ではサービス業を中心に、多くの人たちが職を失い、経済的に困窮した。 路上で暮らし始めて1ヶ月余りという男性も取材に応じ、今後の生活、そして来年の夏への不安をこぼした。 「路上での生活になる前から地球温暖化の影響については心配していました。ましてやこういうところで寝ないといけなくなると、クーラーも扇風機も何もないから。どうしたらいいのかなって」 「自分たちが若い頃、子どもの頃を思い出すと、こんなに暑くなることはなかった」 「家があったときは毎晩クーラーをつけて寝てたから、自分がここ(路上)にきてみて、初めて思い知らされた。こうなるまでは、路上の人たちのことを考えることもなかった。自分がなってみて、これは大変だと思った。180度人生が変わったような感じです」 国連によると、2011〜2020年の10年間は、観測史上最も暑い時期だった。 温室効果ガスの濃度が高まるために地表の温度も上がる。 1980年代以降、10年ごとの気温は直前の10年と比べて高くなっており、今後はさらに気温上昇が人々の生活、そして地球を襲う。 気候変動に歯止めをかけるためにも、一人ひとりが今起きていることを知り、各国が連携して取り組んでいくことが必要だ。 海水温上昇で消えゆく魚。増える豪雨災害ーー。 私たちのすぐ身近でも、気候変動の影響がでています。 地球を守るために、私たちが守らないといけない「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑える」という“約束“。 今、あなたに知ってほしい「変化」があります。 BuzzFeed Japanは、国連が主催するメディア横断企画「1.5℃の約束」に参加し、日本での気候変動の影響について取材しました。

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