政府が全面的な緩和策に舵を切る中、今、何が起きているのでしょうか? BuzzFeed Japan medicalは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに聞きました。

まだらで流行が起き始めている現状

——全国で徐々に新規感染者数が増え始めています。第8波に突入したのでしょうか? 国内でまだらに流行が起き始めているのが現状です。 都市部では流行が始まったところです。医療現場でも、やっとみんな肌感覚で感染の広がりを感じ始めたところだと思います。 しかし実を言うと、地域レベルで静かにものすごい規模の流行が起きつつあります。 これは北海道の新規感染者数の推移を見たグラフです。 北海道は10月初めに7波の新規感染者数が底をつき、その後はずっと増え続けてきました。実効再生産数(※)は現在までに1.3ぐらいで増え続けていて、大変危険な状態です。 ※1人当たりの二次感染者数の平均値。1を超えると増加傾向に転じる。 北海道と東北の増加が極端に目立っていて、東京や大阪のような大都市は最近増え始めたぐらいです。

自然感染で免疫を持った地域は少ない感染者

この流行の特徴は極めて明らかです。第6波と第7波で感染者の少なかったところで、増加が著しくなっています。 それはなぜでしょうか? 左下は予防接種による免疫との関係、右下が自然感染による免疫との関係を見たグラフです。上は両方の免疫を合わせて関連を見たグラフです。 自然感染によって免疫を獲得した人が多いとみられる都道府県では、それほど感染者は増えていません。 一方で、今まで自然感染による免疫を持っていない人が多そうで、県庁所在地から離れた遠隔地の街が複数あるような大きな県で(周辺地域で感染者が今まで少なかったようなところでは)、今、増加傾向が顕著な状況になっています。 そんなばらつきが明らかになっています。 予防接種による免疫との関連を見ると(左下のグラフ)、ランダムに感染者数は増えています。つまり、明確な相関関係がなさそうです。 ところが、自然感染によって免疫を獲得した割合との関連を見ると(右下のグラフ)、オミクロン以降の流行が激しかった沖縄などは下火ですが、そうでなかったところで今、流行の規模が非常に伸びてきています。 岩手や山形、青森など7波で感染者が少なかった特定のところが今回、大きな規模で流行しています。長野でも石川でも非常に感染者が増えています。 これまで流行が防がれていたところが、緩和が始まった今、感染者が急増している状況です。

10代で特に増えている感染者 修学旅行のホテルが療養ホテルになるパターンも

——どの年代で増えているのでしょう? 感染者数の年齢分布を見てみると、第7波相当まで増えている北海道などでは、特定の年代が増えていることがよくわかります。 例えば、僕がいる京都は今、紅葉がきれいな季節です。修学旅行で子どもたちがたくさん来ているのですが、ホテルは中高生でいっぱいです。 感染状況が酷い遠隔地から修学旅行で京都に来て、発病する。2、3日の修学旅行の間、クラスの中で感染が広がると、帰りの飛行機には乗れません。 すると、陽性になった子どもたちは、治癒するまでの間、ホテルで療養をすることになります。 流行が下火のところを見てみると10代が目立っているのが今の特徴です。 ただそれは悪いことばかりでもなく、修学旅行で得られるみんなとの思い出も大切ですね。みんな旅行先で感染したけれど、「それでも行けて良かったね」「みんなでホテルで療養したね」という思い出にさえなり得るので、そのこと自体を否定すべきでないのかもしれません。 けれど、療養可能なホテルがほぼ10代で埋まっている地域もあるという、すごい状況にはなっています。緩和が進む中で、新しい流行の形が生まれています。 緩和が進み、人が動く中での流行なので、どうなっていくのか見通しがとても立てにくいです。色々なシナリオを想定して準備しておかなければなりません。 これまでの波と違って、中高年以上も含めて接触が盛んに起こる中で、伝播が起こる年齢群がどうなるのかが今後を大きく左右すると思われます。

オミクロンの亜系統が混在しながら増えている

こちらは今週 / 先週比の推移を見たグラフで、縦軸は実効再生産数に近いものと考えてください。 東京都は今、1.2を超えたところで、これからどうなるのかを注視しています。 また、「BA.5」と分類しているものの中には、BA.5の子孫が混じっている可能性があります。 オミクロンの亜系統が混在しながら増えている複雑な状況になっています。

8波が始まる中、それでも伸びぬ予防接種率

——その複雑な流行が始まる中、我々は十分備えができているのでしょうか? ワクチン接種率の伸びが悪いのはニュースで報じられている通りです。 オミクロン株対応の2価ワクチンの接種が始まっていますが、それで一気に接種が加速化する状況が残念ながら見られません。 今まで日本では、70代以上は95%が2回接種を済ませました。30〜40代も半分以上が接種して、接種率はとても高かったのです。 ところが今は、とてもその接種率に達する気配がなく、相当厳しい状況です。 今は下がり調子で、今後さらに下がっていく流れにあります。 20〜30歳代の若い世代は半分以上が自然感染で免疫を持っていたのですが、時間が経つにつれて失われて、再感染する状態になっていきます。

流行を決める「ウイルスの変異」「免疫保持者の割合」「接触の増加」が悪い状況

予防接種が進まない中で、緩和策で接触は増えていく。大変良くない状態にあります。 短期的な動向も中長期の見通しもそうなのですが、基本的に3つの要素を考えるとわかりやすいです。 次に、予防接種や感染により、免疫を持つ人の割合がどうなっていくか。 もう一つが接触がどれだけ盛んに行われるのかということです。 3つの要素の全てがあまり良くない状況が続いています。政府は中高年以上の方を含めて接触が広がる政策をどんどん打ち出してきました。 感染者が増えて病床が埋まっていくと、医療が逼迫することは間違いなさそうです。特に、北海道の流行曲線を見ていると急峻な曲線になりそうなので、新規入院者数も結果として多い流行になりますので医療が逼迫しやすい条件が整っています。 流行のリスクを評価する立場から、政府による無責任な政策が続いていると強く感じています。緩和をするという権利の裏には、最低限のこととして生命を守る義務があるのではないでしょうか。 ——インフルエンザの同時流行はまだ検討していませんか? 政府が出している見積もり数値は、必ずしも科学的根拠によって支えられたわけではない電卓計算です。 インフルエンザは2年間流行を起こしていないので、今年流行を起こすとなると、どれぐらいの規模になるかはわかりませんし、その時期がまだ正確に捕捉できていません。逃げきれないほどの流行の立ち上がりが見えた時に、初めて見通しがわかってきます。 今、アメリカではそういう状況になっています。日本の一足先にコロナが流行したヨーロッパはインフルとの同時流行は結果として起こらずにコロナの流行を乗り切ることになりそうです。 日本でずっと情報収集をしてモニタリングしていますが、まだはっきりは見えていません。これは比較的良いサインです。完全に重なる可能性はすごく高いわけではなく、少し遅れてインフルエンザがやってくるのではないかなというのが現在の見立てです。 もちろん、ほんの少しの動きは出て来ているので、インフルエンザ流行の明確な立ち上がりが見つかると状況は変わります。

目指すのは医療を守りながら「ゆっくりゆっくり感染する」ソフトランディング

——自然感染で免疫がついている県では流行が比較的抑えられているというデータを見ると、ワクチンに反対する人は「自然感染で免疫がつくなら、ここで感染すればいいじゃないか」と言いそうです。ただ、そうすると大変な医療逼迫や死亡者が出る可能性がありますね。 自然感染による免疫は、ワクチンがアップデートされていない条件下であれば、今、流行しているウイルスの特徴に対応した免疫に近い。なので、ワクチンより次の流行に対する免疫を持ちやすい状況になり得ます。だから、ワクチンを疑う気持ちが出るのでしょう。 また、デルタと比べて、オミクロンでは、ワクチンを接種しても感染してしまったり、接種したのに後期高齢者で重症化してしまったりする人がいます。ワクチンに完璧な効果が期待できないので、期待外れ感が強まっているのかもしれません。 この感染症はいつか、一人ひとりが自然感染して、エンデミック化(季節的に繰り返し地域での流行が起きる日常的な感染症となること)するなら、落ち着いた状態になるでしょう。 ただし、その過程で高齢者がたくさん感染して重症化すると、医療が逼迫して命が助からない可能性が出てきます。 あくまでも理論家である私の個人的意見ですが、一番理想的にエンデミック化するプロセスとは、流行のカーブが急激に上がらずに、ゆっくりゆっくり一人ひとりが自然感染して、治療も十分受けられる状況を維持しながら移行していくことです。 それが今は望めないので、とても困っているのです。予防接種で免疫を持って防いだ方がトータルの死亡者数は圧倒的に少なく済みます。 さらに、「long covid」と言われる後遺症とは別に、心疾患や脳血管疾患、呼吸器疾患のような合併症のリスクが、予防接種によって下げられると最近やっとわかってきました。 今まで出ている科学的なエビデンスを総合すると、予防接種が自然感染より悪い、ということは言えないのです。 自然感染はいつかエンデミック化していくために受け入れざるを得ないでしょう。ただ、被害を最小限にするためには、予防接種で防ぎながら徐々に感染していくソフトランディングの道を探らなければいけない。 間を取る、バランスを取る対策を立てるのはとても難しいのだなと感じます。 (続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。 専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

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