竜巻レベルの暴風雨が吹き荒れる「スーパー台風」が今後、日本に上陸する可能性が高まっている。理由は、気候変動だ。 これまでに経験したことのない猛威が引き起こす災害のリスクを少しでも軽減しようと、データの収集や予測の高度化、さらに産官学を挙げて「台風制御」に関する研究が始まっている。 日本で初めて「スーパー台風」の中に航空機で飛び込み、その実態を研究している「台風のプロ」に話を聞いた。 そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、名古屋大学宇宙地球環境研究所の坪木和久教授。台風研究の第一人者だ。 「スーパー台風」は、日本の基準で言えば「猛烈」な台風よりも、さらに上をいく強さのものを指す。アメリカでは最大風速(1分間平均)が、毎秒約67メートル(時速約240km)を超える強さと定義されている。 「こうした風が吹けば木造建築の建物は倒壊します。さらに、暴風に伴う高潮も、土砂災害をもたらす大雨も、極めて大規模なものになる可能性があります。スーパー台風に伴うあらゆるタイプの災害が極めて激甚なものとして発生すると考えられるわけです」 スーパー台風の一例は、2013年にフィリピンを襲った台風30号(ハイエン)。上陸時の最低気圧は895hpa、最大風速は毎秒87.5メートルを記録(米海軍合同台風警報センター)し、5メートル以上の高潮や暴風雨などで8000人を超える死者・行方不明者を出す被害をもたらした。 もし将来「スーパー台風」が日本に上陸すれば……。3〜4メートル以上の高潮による浸水などで5000人以上の死者を出した「伊勢湾台風」(1959年)よりも、大きな被害をもたらすことも想定される。 このような強さの台風は、これまで日本に上陸したことはなかった。台風が北上して日本に近づく間に勢力が衰えるからだ。しかし、気候変動によって海面水温が上昇すれば、その前提は変わってくる。 「スーパー台風が日本に上陸するのが20年後なのか、30年後なのか、場合によってはもっと早い時期に起こるか、いつから始まるかということは誰にもわかりません。しかし、それはもう遠い未来のことということではないかもしれません」
かつて地球が経験したことのない…
注意しなければいけないのは、仮に「スーパー台風」の勢力を保ったまま日本に上陸しなかったとしても、それでも十分に勢力は強く、大きな被害をもたらすことがあるということだ。 坪木教授はこうした点に触れながら、「台風のリスクは増大していくだろうと言えます」という。実際に、予兆もある。 「すでに日本周辺の海面水温は上昇しています。つまり、それだけ台風の強度ーー中心気圧や最大風速が増大するということを意味しています。強い台風の割合が増え、さらに速度も遅くなっているということもわかってきました」 「地球全体では、将来的には台風やサイクロンなどの数は減少していくと思われています。日本の近くでも数が減っていく一方で、強い台風がより強くなる傾向にあるとの将来予測が立てられています」 スーパー台風などによる“激甚気象”による災害で「人命が失われないことが最も重要」と語る坪木教授。そのためには、自治体における避難計画やインフラ、災害関連法など、過去を基準にした考え方を更新する必要があると指摘する。 「これからの時代は、スーパー台風のような極めて強い台風が防災上の問題になります。かつて地球が経験したことのない速さで気候が変動し、温暖化が進んでいますから、これまでの経験や過去の知識に基づいて避難などの災害の対策をするのではなく、最新の知見に基づいて人命を守っていく必要があるのです」
実は「台風」のデータが足りない?
コンピューター・シミュレーションによる数値計測で気象の研究をしてきた坪木教授も、まさにこうした「データ不足」に直面することになった。 「進路予測はだんだんと改善していますが、強度の予測はなかなか改善していません。現在は衛星観測から推定しているわけですけれども、やはりその瞬間の正確な気圧、構造、大気の環境などを知ることが大切になってくるのです」 日本近海の台風においては、1980年代までは米軍が航空機の調査をしていたこともある。 しかし、その後は気象衛星による観測が中心に。費用や機材などの課題もあり、気象庁による直接観測が試みられたのも1度だけだったという。 「世界地図を逆さに見ると、日本は大陸から見て太平洋の最前線に位置している。まさにそこは台風が多くいるところで、最も古い記録では、日本書紀に『暴風』(あからさまかぜ)という言葉が記されています。それほど昔から日本に影響を及ぼしているにもかかわらず、データをこれまで取ることができなかったわけです」
飛び込んで感じた「畏敬の念」
さまざまな壁を乗り越え、坪木教授が初めて航空機で台風に飛び込むことに成功したのは、2017年10月のこと。 台風21号(ラン)の観測に成功したのだ。「スーパー台風」の中に入ったのは、日本人としては初めてのことだった。 「台風の上部を抜けていくときは機体がガタガタ揺れて、周りも真っ白な状態ですが、壁雲を突き抜けた瞬間に揺れがすっと消えて静寂になり、ぱっと視界が広がるんです。340キロ離れたところでも最大80メートルくらいの風が吹き荒れているのに、眼の中はほとんど風もなく、暖かいんですね」 「本当に荘厳な風景でした。台風という巨大な構造体を前に、人間の弱さと自然に対する畏敬の念を感じました。神がかった話かもしれませんが、人間が足を踏み込んでいい場所なのだろうかという気持ちにすらなりましたね」
「日本がイニシアチブを」
今年日本列島を襲った台風14号(ナンマドル)では、発達前と後の観測にも成功。データからは、一気に発達するという「スーパー台風」の脅威も見えてきたという。 「やはり現場で直接測定しなければわからないことが、非常にたくさんあった。自然を知るうえでも、正確な予測をするうえでも、極めてこうした観測が重要だということがわかりました」 坪木教授は言葉に力をこめる。しかし研究費も限られており、現状観測ができる機会は、年に1つの台風だけだ。 「今後はこういった観測を少なくとも日本に接近する、あるいは上陸する台風すべてについて行うことによって、日本の台風災害を大きく軽減することができるはずです」 「台風の最前線にある日本が、日本の飛行機や技術を使って今後、未来にわたって観測を発展させていくのが、最も重要なポイントになると感じています。日本がイニシアティブをとって、やるべきものだと」
台風を直接制御せよ!
「地球温暖化が進み台風がより強くなっていく予測がされるなかで、台風災害が起こるのをただ手をこまねいて見ているだけでいいはずはない。災害をより減少させるといったことも考えていかないといけません」 坪木教授だけではなく、さまざまな気象学者を含め、産官学を巻き込んだプロジェクトとして2050年を目標に進んでいる。 「我々が考える台風制御は、日本に来る台風の進路を大きく変更してしまうというようなものではありません。中心気圧を例えば10hpaぐらい上げ、風速を5メートルぐらい弱めることが目標です。仮にその程度弱まるだけでも、劇的に災害を減らすことができる可能性があります」 「意外に思われるかもしれませんが、台風はデリケートなものなんです。海の温度が少し変わるだけで強度がガラガラと変わるので、少しの変化を加えるだけで大きく変わる可能性があると言えます」 「台風制御」をめぐっては、1960年代にアメリカでハリケーンを相手に研究が進んでいたこともあるが、効果測定ができないことなどから頓挫。それから半世紀経った現代においては、スパコンの発達でそうした課題も克服できる。
このまま放っておけば…
「台風は海をかき混ぜて温度を調整する、地球システムとして必要な存在です。水資源という重要な役割もある。台風を制御することで、何か悪い影響が出ないのか、逆に大きな災害を引き起こした場合の責任問題もあります」 「そもそも台風を制御してよいのかという哲学的な問題もあります。安易に調整をして良いというものでは、決してないわけですね。そのため、20年、30年という極めて長い時間をかけて、膨大な課題を解決する必要がある」 数十年後には観測網の整備も進み、「スーパー台風」が制御できる未来が訪れているかもしれない。 しかし、それ以上に大事なことがある。それは、これ以上、気候変動を悪化させないという取り組みだ。 「気候変動、地球温暖化の原因となっている温室効果ガスの排出をなくしていく。これがまず第一です。エネルギー問題と関わるため一朝一夕では行きませんが、放っておくと災害はどんどん激甚化していってしまいます」 「とはいえ、いますぐ災害は止まりません。すでに起きている、そして起こるであろう気象災害に対し、予測の高度化や防災対策を早急にどんどん進めていくこともやはり大切です。気候変動の緩和と防災、その両輪を進めていくことによって、初めて我々は豊かな社会に繋がっていくんだと思っています」 海水温上昇で消えゆく魚。増える豪雨災害ーー。 私たちのすぐ身近でも、気候変動の影響がでています。 地球を守るために、私たちが守らないといけない「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑える」という“約束“。 今、あなたに知ってほしい「変化」があります。 BuzzFeed Japanは、国連が主催するメディア横断企画「1.5℃の約束」に参加し、日本での気候変動の影響について取材しました。